家具職人が見たアアルト 1
北欧アルヴァ・アールトの旅
2025年9月2日から9月9日にかけて開催された、JIA住宅部会主催の「北欧アルヴァ・アアルトをめぐるツアー」に、SADI北欧建築デザイン協会の会員として参加してきました。
僕は建築を見るのが大好きですが、職業としては家具製作をしているため、他の建築関係の方とは少し異なる、細かくマニアックな目線でディテールを中心に、今回のツアーで得たものを紹介していきたいと思います。
■ 9月3日 DAY1の訪問先
ツアー1日目は、アルヴァ・アアルトが設計した建築が数多く集まるユヴァスキュラを中心に巡りました。
・ユヴァスキュラ大学(設計:アルヴァ・アアルト)
・ムーラメ教会(設計:アルヴァ・アアルト)
・夏の家(設計:アルヴァ・アアルト)
・サウナッツァロ村役場(設計:アルヴァ・アアルト)
・アアルトミュージアム(設計:アルヴァ・アアルト)
1ヶ月ほど経ってこのツアーを思い返しても、1日目はかなり濃厚だったと思います。
アアルトの建築を代表するような名作の連続。
次から次へと押し寄せるディテールに興奮でシャッターを切りまくり。
終盤には、もうお腹いっぱい。これ以上頭に入りません。そんな印象が強く残っています。
まずは移動の話を少し
アアルトのツアーでの詳細に入る前に、移動の話を少しだけ。
今回のフライトは、ロシアの問題があって北極を回るルートでした。
思い返せば、人生初のツアー参加だったので事前調査などはほぼゼロ。
完全お任せ状態だったこともあり、「へー北極ルートなんだ」くらいにしか思っていませんでした。
ところが、いざ羽田を出発して機内で地図を見ると、「え、そっちに行くの」と驚きました。
ロシア上空を通れないということで、ここまで大回りになるのかと唖然。


無事12時間半のフライトを終え、フィンランドに到着。
妻には「飛行機が墜落しても生きて帰ってきて」と言われていたので、とりあえず現地についてすぐにLINEで連絡。
現地には朝4時半ごろに到着し、そこからさらにバスで3時間移動!
飛行機ではほとんど寝れなくて、移動に疲れていたので、軽く絶望感、、。
しかしながら、バスの中からは外の景色が見えるし、
リオタデザインの関本さんのアアルト小噺が楽しくて、
あっという間に最初の訪問地であるユヴァスキュラに到着することが出来ました。
ここでお聞きした情報で、「アアルトは1898年生まれなので、建築の竣工年に2を足すとアアルトの年齢になる」というのは、このツアーでとても役に立ちました。


建築に関する情報は省略しまして、いきなり細かいディテールから紹介していきます!
通常、無垢の面材を貼って丸面が取ってあればそれで十分と思われるところですが、
ここではさらに、正面の面材の両端を斜めにカットしていました。
「デザインは愛だよなー」と1人で感心していました。


なぜここだけが円形に膨らんでいるのか、その理由を見つけることは出来なかったのですが、
一筆書きで繋がる特徴的なディテールの手摺り。
CNCがあればそんなに難しい事ではないかも知れませんが、
当時の職人はバンドソーで切り出して、その後ひたすら手で削って磨いたんでしょうかね、、。


踏み板を支える三角のスチールに沿うように成形された無垢材。
単調なラインはなく、細部まで細かく配慮がされています。
手書きで原寸を描いてデザインを起こしていたのでしょうか。
そんな想像が膨らみます。


タイトルの通り、「こうやってかわすのが正解」という感想なのですが、加工としてはなかなか複雑なので、職人目線からすると驚きのディテール。
写真にはありませんが、裏面も支持するスチールの厚み分をちゃんと掘り込んでいます。


そういえば、数年前の住宅物件でこんな収まりの手摺りを作りました。
やればできる、何とかなるもんです。

ドアハンドルの個性的なデザインは、アアルトファンの方にとっては定番かと思いますが。
羽目板を貼ったドアのデザインも美しく、それに加えこのハンドルのデザイン。
真鍮のフラットバーを捻っただけ、といえばそれまでなのですが。
こんなディテールがさりげなくそこらじゅうに点在してまして、興奮して写真を撮りまくってました。


先ほどのハンドルの斜め取り付けバージョン。
そして、スチール製のドアにガラス押さえが木製というのは、今回のツアー中にたくさん目にしました。
白く塗られた鉄とオーク材のコントラストが綺麗で、僕の中ではとても北欧っぽいイメージ。
今回のツアーは鉄工の職人である矢原さんも誘って参加していたのですが、
彼と作り方や強度についてまで話しながら見ていると、全然時間が足りなくて、
何度もツアーの団体から離れて迷子になりました。。


建築的な詳しいことは分からないのですが、短い部材をボルトで繋いで作られている梁とトラスに組まれた構造が印象的でした。
実は、工場内にこのような空間を作りたいと最近思っていまして。
弊社の工場の作り上、空調を効かせることはほぼ不可能なので、空間を区切って作業場を快適に出来ないかと。
3m程度の材料をNCで加工して繋いでいったら屋根が作れないですかね??
こちらの食堂では、学生に混じってランチを食べる経験もできました。
ランチの後に少し自由時間があり、見学した場所を戻って(ほんとに走ってました)
動画を撮影して、バスに集合。
次の目的地に向かいました。


ムーラメ教会
こちらの教会は竣工が1929年、アアルトが30歳ごろの作品で、のちのアアルトの建築とは異なり、イタリアの影響を受けた新古典主義と呼ばれる時代の建築です。

こちらの建築で目についたのはこちら。
2階に設置されていた、さりげない棚です。
部材の厚みと形状が絶妙で、アアルトらしさを感じます。
上の棚は聖書を載せるためにあるのでしょうか、滑り止めがついています。

コエタロ(夏の家)
目的地に向かう途中の橋が工事中のため、バスは通れないということで、タクシーに分かれて乗車してコエタロへ。
アイノが亡くなった後に再婚をしたエリッサと過ごすためのサマーハウスです。
アアルトは船で建物の正面からアクセスしていましたが、車では建物の裏からアクセスすることになります。
(ちなみに、アアルトはこのための船も自身でデザインしていて、ユヴァスキュラに展示されています)
アアルトファンの方にとってはあまりにも有名な写真かもしれませんが、
実験住宅ともいわれたサマーハウスの外壁。
色々試してみるとなったら、ここまでやるのか、、というのが率直な感想です。
自社でも杉板のサンプルなど、そこらじゅうに貼ろうかなと思った次第です。


サマーハウスにあるサウナの構造。
関本さんの解説がなければ気づけませんでしたが、この建物の屋根の勾配は、丸太の元と末を揃えて積み、その差によって屋根の勾配を作っています。
素材の特徴を活かしたシンプルな構造でありながら、非常に理にかなった美しい発想だと感じました。

実験住宅だからなのか、自邸だからなのか、アアルトの建築にしては珍しく天然木のドアハンドルが取り付けられていました。
何度か交換されている、という話もありました。
他のアアルト建築などもそうですが、こちらのサウナは現在も親族などによって使用されており、
サウナの室内は炭焼したような煙の匂いが残っていました。
「動態保存」というのだそうで、アアルトの建築は実際に使われながら保存されていることが多いそうです。


サマーハウスといえばこのアングルも、書籍などではよく目にします。
残念ながらロフト部分には上がることは出来ませんでしたが、
家具の脚にこの構造を応用することは可能だな、などと考えていました。
もっと広い空間にこのロフトがあるのかと思っていたのですが、実際には非常にコンパクトな建物でした。


木製建具に松の羽目板を斜めに貼っているのが特徴的。
今振り返って見てみると、斜めといっても45度までは傾けていないですね。
サウナッツァロ村役場
次に訪れたのがサウナッツァロ村役場(1950–52)。
今回のツアーで訪れた建築の中でもベスト3に入る、個人的にとても好きな建物です。
スケールが大きすぎず、実際に人間の生活に近い作りを感じることができる建築でした。

通路に置かれたマツ材を使ったベンチ。
柾目が使われており、部分的に削り出しでRの形状になっています。
板厚は40mmありました。
どっしりとした安定感のあるデザインです。


何気に目についたクッションの納まり。
通常の木製の側板を伸ばして納めるのが普通な気がしますが、
クッションに切り欠きを設けて納めている。
全体的にみると座面が端から端まで通っていて、その方がスッキリ見えるからか
もしくは、一番端っこにも座れるから、でしょうか。


アアルトのドアハンドルの中でも、指折りに特徴的だったのがこちら。
形状としては何かを模しているのかは不明ですが、
真鍮の角材に皮を編み込んだ作り。


現地のスケール感などは、動画の方が掴みやすいかと思います。
3階の議会場の天井に見られる梁の構造が特徴的なのですが、
室内が暗かったため、手持ちの一眼レフでは良い写真が撮れず…。
結果、こちらの動画が手持ちの資料の中では一番分かりやすいです!
アアルトミュージアム
実は1日目はサウナッツァロ村役場で最後だと勘違いしてまして、
疲れ切っていて、「やっとホテルに行ける」とこの時点で思ってたんですよね。
からの、アアルトミュージアム(Aalto2)。
この真鍮のハンドルはとても有名ですが、アアルトの建築ではそこらじゅうで目にすることができました。
タイルなどもそうですが、一度開発した製品は特定の建築のオリジナルとしてだけではなく、
複数の建築に使われているというのは、今回初めて知りました。

写真をご覧ください。
この無駄のない、流れるような真鍮とオーク材の手摺りの納まり。
説明なんて必要ないですね。




植木鉢を置くことを前提としているのだと思いますが、
黒のタイルとオーク無垢材を真鍮ビスで止める納まりは、
複数のアアルト建築で目にすることが出来ました。

植木鉢を乗せるための家具なのですが、構造的にはとてもシンプル。
裏面から覗き込んでも複雑なことをしておらず、強度的に大丈夫なのかな??と思えるような作りでした。
有機的な形状でとても好きなデザインの家具で、
これを大きくした家具がマイレア邸の階段脇にも設置されていました。
背面にあるのは蔦を這わせるための桟木。
これもアアルトの建築でたくさん目にした納まりで、外壁などにも多く設置されていました。


今回のツアーを通して見た中でも、もっとも好きなディテールと言えるのがこちらのうねった壁面。
ちなみに「アアルト」とはフィンランド語で「波」という意味があるそうです。
これはニューヨーク万博でのフィンランド館の再現なのですが、調べてみると当時の実際の壁面はここまで複雑ではなかったように見えます。
当時のものは単純な角材が貼り付けられているだけのようですが、
こちらのミュージアムでの再現では、傾斜がついて先端が丸められた材が使われています。
しかも上下方向にもわずかにうねっており、同じ幅の羽目板ではなく、
高さ方向にもテーパーが付いた材が貼られていることが分かります。
見れば見るほど「すげ〜」と思って鑑賞していました。
これを参考に、いつか杉を使って壁面装飾をやってみたいものです。


全6日間の1日目が終了
ツアー1日目の見学はこれにて終了。
冒頭にも書きましたが、1日目は全日程の中でも特に内容の濃いスケジュールだったように思います。
この後、平均1日2万歩、写真数百枚という、クタクタになるまでアアルトのディテールが降り注ぐ日々が続きます。
2日目はユヴァスキュラから始まり、セイナヨキを経由してマイレア邸のあるノールマルクまで移動。
見学した建築は以下の通りです。
■9月4日_DAY2
・労働者会館(A.アアルト)
・ペタヤヴェシ教会(世界遺産)
・アラヤルヴィ市庁舎(A.アアルト)
・セイナヨキ アアルトセンター(市庁舎・劇場・教会・図書館)(A.アアルト)
・アピラ図書館(JKMM)
・夜のマイレア邸外観
今思い起こすと、やっぱり2日目の方がハードだったかも!
また時間を見つけて記事を書きます。